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retrouvailles-2

EPISODE 02-2

retrouvailles-2

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「まぁ、そういうわけでLIE。ゆっくりしていってくれ」 「……」 HEXAの言葉に、KAIは沈黙で答えた。それが肯定であるのか否定であるのかは本人でさえ分かっていなかっただろうが、いずれにせよ、この場で早々に立ち去るとい […]

「まぁ、そういうわけでLIE。ゆっくりしていってくれ」

「……」

HEXAの言葉に、KAIは沈黙で答えた。それが肯定であるのか否定であるのかは本人でさえ分かっていなかっただろうが、いずれにせよ、この場で早々に立ち去るという選択肢は浮かんでいなかったように思う。未だ、西区に訪れた目的さえも見つかっていないままなのだから。

「MEI。改めてLIEの面倒をみてやってくれ」

「了解!」

 MEIと呼ばれたのは、先程までKAIを案内していた少女だった。

「ごめん、名前まだ教えてなかったね。私はMEI! よろしく、LIE」

「……あぁ」

「あ、ごめん。体調がよくなかったんだね」

「あ、いや……そういうわけじゃないんだが……それより、あの男達はどこへ行っていたんだ?」

「HEXA達のこと? みんなはね。食料を取りにいっていたんだ」

「食料? スラムには配給があるだろう。それじゃ足りないのか?」

「……君、随分恵まれたところから来たんだね」

「どうして?」

「普通の配給なんかほとんど回ってこないんだよ。それに、たまに配られてもこんなちっちゃなブロック食と錠剤だけだよ? 飢え死にしちゃう」

「不足分は申請すれば……」

細々と言葉を落とすKAIの声は、MEIの笑い声に描き消えた。

「申請して通るわけないじゃない」

「……」

KAIが戸惑いを感じているのは明らかだった。記録上、ニシ区には十分な量の配給を定期供給していることになっている。MEIの言葉が真実であれば公的なデータでさえ信用できなくなる。その客観的事実はKAIの動揺を誘うのに、あまりある効果があっただろう。

「ま、今日は早く休んだ方がいいよ。移動したばかりで疲れたろうから」

「……いや、皆が生きるために働いているのだから、俺だけ何もしないわけにもいかないだろう。何か手伝えることはあるか?」

「お、頼もしい。偉いね」

「いや……」

自身より年が下であろう少女に背伸びをされ頭を撫でられるKAI。先まで感じていたものとはまた別の困惑に言葉を失った様子である。
 
「じゃあ、とりあえずご飯の準備手伝ってもらおっかな」

そんなKAIを見てもMEIはまったく気にする様子もなく 「ついてきて」と、また前に立って進んだ。10分ほど歩いた頃だろうか。倉庫のような場所に到着すると、MEIは「これを運んでほしいんだよ」と言ってコンテナに入った荷物を指さした。

「これは……シグマ社のセルベースレーションか。確かキタ区に配給されている食材のはずだが…… 」

シグマ社はNEOの中核企業であり財政に強い影響力を持っている。
 主な事業はサイバネティクスやアンドロイドの製造となるが、バイオ工学技術、クローン技術にも優れており細胞培養も行っている。レーションはその副産物であり、同社が管理しているキタ区にて配給されていた。

「よく知ってるね! もしかしてキタ区から来たの?」

「そういうわけじゃないんだが、まぁ、見たことはある」

「そうなんだ。食べたことある? 結構美味しいんだよ?」

「……」

MEIは年相応の無邪気な笑顔を浮かべて見せたが、KAIはその笑顔に応えられなかった。
 セルベースレーションの原料は人工培養した肉塊をペーストし塩を混ぜ込んだだけの粗悪な食糧である。それでも他の区に配られている配給食より遥かに上等ではあるが、まっとうな食事をしている人間にとってはとても食べられるような代物ではない。だが。

「……これを、さっきの広場に持っていけばいいんだな?」

「うん! よろしくね!」

だが、KAIはその事実を口にすることができなかった。「美味しい」と無垢に語る少女の言葉を否定するなどできなかったのだ。

「凄いね! そんなに持てるんだ! 力持ちだね!」

コンテナをいくつか持ちあげたKAIは答えた。「これくらいは普通だよ」と。
 彼の体には確かに大きな負担が掛かっていた。無理をして抱え込んだのは贖罪か目を背けるためか。あるいはMEIを騙している罪悪感からの逃避だったかもしれないが、その無表情の奥に陰る彼の心模様を知る者は誰もいない。広場に行く道中、MEIはしきりに話しかけていたが、KAIの返答はいずれも心許なく、か細かった。

「お待たせ! ご飯持ってきたよ!」

再び広場に戻りMEIが叫ぶと、どこからともなく大勢の人間が群がり押し寄せる。彼らにはいずれも身体の欠損や感情的な欠陥、理知の欠落が見られた。

「どこにいたんだ、こんな大人数」

「みんな瓦礫の隙間に隠れてるんだよ。本当はしっかりした家とか建てたいんだけどね」

「君も、同じように暮らしているのか?」

「ううん。私や、さっきの皆は警備用の小屋に寝泊りしてるよ。動ける人はそこで見張りとか食料調達とか、戦ったりするんだ」

「そうか。すると、この人達は」

「うん。見たら分かると思うけど……」

明瞭に喋っていたMEIが口を濁すと、しばらく咀嚼音だけが聞こえた。呻きながら食事に群がる人間は誰も彼も彼女への礼を述べることもなく、一瞥もしない。その様子はまるで家畜のようであり、ややもすると不快感さえ感じる光景だろう。しかしそれを否定することが誰にできよう。奪われ、貶められ、他に生きる術のない人間が必死に命を繋ぎとめているこの現状を、誰が……!

「LIE」

無言の内に響く声。
 二人が振り向くと、HEXAが立っていた。

「少し話があるんだ。今、いいか?」

「仕事中だ」

「悪いがこっちが優先でな……MEI。LIEを借りるぞ」

「うん! いいよ!」

「……」

「とのことだ。ついてこい」

有無を言わさずといったところである。KAIは渋々と広場から離れていった。男二人、無言、足早に進む。がれきの道をどこまでも。その内に、小さな塔のような場所に辿り着くと、やはり二人で登った。どうやら見張り台のようだったが、そこまで高く建てられていない。監視には使えない、粗末な塔だった。

「さて、LIE。どうして俺がわざわざこんな場所に連れてきたか分かるか?」

「さぁ? 始末でもされるのか?」

「あんたらがスラムの人間にやるようにか?」

「……なんのことだ?」

「さっきサントラルの住民データベースを覗いてきたんだがな、名前と顔が一致する人物は検知されなかった。仕方ないから詳しく調べてみたら、あんたの正体が分かったよ」

「NEOのサーバにハッキングしたのか?」

「まさか。そんなこと不可能だってことは、あんたの方が知っているだろう。KAIさん」

「……」

「友達が多くてね。ちょっと協力してもらったんだよ。安心しろ。この事は俺しか知らないし、みんなに言うつもりはない」

「なら、どうする気だ?」

「お願いするだけさ。ここから出て行ってくださいとな」

「別に殺せばいいだろう。お前らにとって、俺は敵なんだから」

「あんたがMEIや他の人間に害を与えていたらそうしていたよ。ただ、そうじゃない。理由は知らないが、あんたは俺達に対して敵意はないようだ。だから殺さない。ただな、あんたがいたら確実に面倒が起こる。その前に消えてほしいんだよ」

「随分優しいんだな。俺が潜入捜査に来た人間だったらどうする?」

KAIの言葉に、HEXAは鼻で笑った。

「治安維持局の人間がそんなまどろっこしい真似するもんかね。やるなら徹底的に粛清を始めるだろう」

「……そうだな」

「幸いあんたはいい人そうだ。だが、さっきも言った通りいつまでもここにいてもらっちゃ困る。MEIには俺から言っとくから、今日の内に出て行ってくれ」

「分かった」

一瞬、KAIの顔が曇ったようだった。しかしその瞬間は刹那であり、変化に気付くことは誰にもできなかっただろう。それは本人であっても同様だった。いや、この時は考えることもできなかったという方が正しい。粗末な塔の上からでは見えないが、確かに聞こえる複数の装甲車の音に、彼の関心は向いていた。

「……なんだ!」

動揺する二人だが、性質は違った。HEXAは何があったのかまるで見当がつかないようだったが、KAIには心当たりがあったのだ。

「粛清……!」

KAIの口から漏れたその一言を皮切りに二人は駆けた。塔を飛び降り、ガレキの道を走って戻った広場には鮮血、肉塊。えぐり取られた臓腑の一部が飛散している。まるでつまみ食いでもされたかのような死体が、そこら中に転がっていた。

その中に、ただ一人だけ生きている人間がいる。

「MEI!」

KAIとHEXAが彼女の名を叫んだ。

「HEXA……LIE!」

MEIの身体には血と肉が張り付いている。だが、外傷はない。

「みんな……みんな死んじゃった……サントラルの奴らに……!」

死体の中にはKAIが持ってきた食料に群がっていた人間達もいた。彼らは明らかに戦う力のない弱者である。殺す必要はない。NEOが行う粛清とはこういうものだ。KAIはそれを認識していた。何が行われているか知っているはずだった。それでもなお、目の前の惨状に、拳を握る。

「これが……NEOの……」

言葉が途切れ、立ち尽くす。
 彼が見たのは紛れもない真実だった。

「なんだ、この辺りの奴らは一掃したと思ったが……」

聞こえる声。
 その声を、KAIは知っていた。治安維持局実行部隊にいるTETRAの下卑た笑い声である。

「おや、KAIじゃないか。まさかこんなところで会うとはな。本当に見物にきたのか?」

「……なぜだ」

「うん?」

「粛清は、まだ行われないはずだろう!」

「音響解析官様ともあろう方が、随分と間抜けなことを言うな。デバイスを見てないのか?」

「なに?」

TETRAの言葉に反応しデバイスを見ると、そこには緊急連絡として次のように記されていた。

『ニシ区より音の歪を検知。第1、第2、第3部隊に命令伝達。なお、先に計画していたニシ区の暴徒弾圧も同時に実行へ移す』

「そんな……粛清が早まったのか……」

「そう。お偉いさんの仕事が回ってきたってわけだ。勝手なもんだよなぁ。おかげで俺達は働きづめだよ」

笑うTETRAに、KAIは今にも飛びつきそうである。だが、MEIの声が、彼の動きを止めた。

「KAIって……音響解析官って……なに……?」

「MEI……」

「ずっと騙してたの……? 私たちのこと……?」

「……」

失望と悲嘆。そして、怒り。MEIの言葉に、KAIは固まる。案山子のようになったKAIを前にTETRAは微笑を浮かべ、二人に向かってゆっくり歩を進める。

「馬鹿! 何をやっているんだ!」

そこへ響いたのはHEXAの声だった。

「MEIを連れて逃げろ!」

「……」

「何言ってるのHEXA! あんたこそ!」

「俺は……殺された皆を置いて逃げるわけにはいかない」

「そんなの私だって!」

「LIE! 早く逃げろ! お前しか頼れない!」

「……っ」

KAIの迷いは当然である。ここでMEIを連れて逃げれば、それはNEOへの背信に他ならない。彼の信じていた、絶対的な拠り所を失うこととなる。天秤にかかっているのは一人の少女の命。果たしてどちらを選ぶべきなのか。これは心の、生き方の問題である。

「……!」

迷っていた時間は数秒だった。
 KAIは、MEIを抱き上げ走っていく。

「やめて! 離して! 離してよぉ! 人殺し! あんたなんか……あんたなんか死んじゃえばいいんだ!」

少女の慟哭が響く。
 それでもKAIは止まらなかった。どれだけ言葉が刺さっても……